献金と牧師の生活
「いったい自分の費用で兵士になる者がいるでしょうか。自分でぶどう園を造りながら、その実を食べない者がいるでしょうか」Ⅰコリント9:7
クリスチャンの中にも、「牧師は日曜日に説教するだけの気楽な商売ですね」という人や、「牧師は神に献身した人だから、神が直接養ってくださるのでしょう。私たちが牧師の生活のことまで心配する必要はありません」と思っている人もあるようです。
そして、こういう人は自分のことには惜しみなく費用をかけますが、礼拝献金や月定献金は、申しわけ程度なのではないでしょうか。
聖書には「いったい自分の費用で兵士になる者がいるでしょうか」と記されていますが、牧師や宣教師、伝道者は、神の働き人であり、神によって選ばれた、、イエスさまの教会を守る兵士です。ですから、牧師の生活費や活動費は教会に集う者たちの神にささげる献金でまかなわれるべきものです。
旧約聖書のモーセの律法にも、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはいけない」と書いてあります。
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