この教会で牧会している藤原孝行牧師は、就任前に社会福祉法人筑波キングスガーデンの老人ホームでチャペレン兼カウンセラーとして働いていました。この施設は規模が大きい上に大先輩である隠退牧師が多く入所しており、四六時中気が休まらず、心労から自らの体調を崩す程だったということです。私がこの話を聞いて思い出したのが、「慶州ナザレ園」という一冊の本でした。遥か昔に読んだ本なので、その内容はほとんど覚えていません。ナザレ園の設立者を調べてみたところ、金龍成さんという敬虔な社会事業家のキリスト教徒でした。
本来でしたら、上坂冬子さんが著した、この本を読み直すべきでしょうが、いつもながらお手軽にWikipediaから慶州ナザレ園とは、どんなところか抜粋させていただきます。
朝鮮人の妻として、戦後、朝鮮に残ることを選択した日本人女性たちは、解放を迎えた朝鮮で日本人を妻にしていることが社会的重荷となった夫から捨てられたり、妾として迎えられたりして、その処遇に耐えられなくなって家を出る者が多くいた。また1950年に勃発した朝鮮戦争で夫と生き別れるなどして独り身になったまま生活する日本人女性も日本に帰国できないまま取り残された。慶州ナザレ園はそうした日本人妻を援助するために設立された。
慶州ナザレ園は1972年10月に設立され、最初の入居者数は7名、設立に関わったのは日本の茨城県那珂市で「社会福祉法人ナザレ園」を経営する菊池政一氏とキリスト教徒である韓国老人施設協会の会長金龍成氏であった。
慶州ナザレ園の役割は、日本に帰国できていない日本人(ほとんどが朝鮮人と結婚した日本人女性)の保護と、彼女達の国籍の確認、帰国の意思がある場合は日本国内にいる身元引受人の調査だった。朝鮮半島に取り残された日本人妻の多くは当時の強い反日思想のため日本人であることを隠して生活していた。そのため、日本政府もその実態を把握しておらず、活発な活動をしていた在韓日本婦人組織「芙蓉会」の調査で存在が確認されるケースが多かった。彼女達は日本では死亡扱いされていたり、国籍を失っていたり、または生きるために朝鮮戦争の混乱を利用して韓国籍を取得していたりしていたために、その身分を証明することは容易ではなかったが、金龍成をはじめとする支援者の協力で直接間接を含めて百数十名を日本に帰国させている。しかし、ナザレ園に滞在する日本人妻の何人かは、日本に身元引受人がおらず、また本人も日本に帰国する意思がないため、実質的に養老院の体を成している。ナザレ園には、今でも90代になる日本人女性たちが暮らしている。
というものです。
また、金龍成氏のことを知るにつけ思い出したのは、浅川巧のことです。山梨県出身のキリスト者である浅川巧は、日本の植民地下にある朝鮮で、荒廃した山林の植林に力を尽くすとともに、朝鮮語を話し現地の人々と交わり、地元の人々に尊敬され、彼の亡骸は、悲しみの中地元の朝鮮人により担がれ、朝鮮の土となりました。
近頃は、日韓両国の間で、反日反韓感情が渦巻き、慰安婦像が政治的に利用されたり、いわゆるネトウヨにより、在日韓国・朝鮮人居住区や朝鮮学校にヘイトデモを繰り広げられるという事態になっています。
今こそ、金龍成氏や浅川巧氏の生き方や業績を振り返り、
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」というイエス・キリストの言葉を覚えることが大切とされる時なのでしょう。
そして、もちろん、これは、今の世界的なコロナ禍にあって、日韓の間柄に留まるわけではなく、世界の人々、国内の人々の間にもあることは、言うまでもありません。
実は、私は、浅川巧については、地元のテレビ番組を見て、その生涯を知ったくらいのものです。
ネットでも簡単なことはわかりますが、「慶州ナザレ園」は文庫になっており、浅川巧については、やはり文庫化されている小説「白磁の人」、この小説を原作とした映画「道〜白磁の人〜」で詳しく知ることができます。
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